So-net無料ブログ作成

仙台に日本フィギュアスケート発祥の地が [散歩と旅と]

平昌オリンピックがはじまりましたね。
平昌を「ピョンチャン」って読めるようになりました。
そして
フィギュアスケートの会場は江陵「カンヌン」ですね。
もう20年以上前ですが、1度だけ韓国に行ったことがあり、
その時でかけたのがソウルと江陵でした。
旧暦の5月に催される「江陵端午祭」というお祭りを観に行ったのです。
  たしか~カンヌンタノジェって言ったはず。
大きな広場で一日中あらゆるグループが演じる「農楽」を延々みておりました。
  デジカメでなかった時代の写真~どこにいったかな?
だからあの場所でスケートをやってるのかと思うと唯一知っている韓国っていうのもあり、うれしいです。

フィギュアスケート~で思い出したのは、11月に寄り道した仙台です。
実は伊達政宗公の騎馬像というのを一目見たくて、仙台城跡へ行くため、
「仙台」から地下鉄に乗って、最寄りの「国際センター駅」で降りたんです。
そして改札を出るとこんな看板が!
1.jpg
羽生さん仙台出身でしたね。
駅の建物の2階で写真展をやっていました。無料です。太っ腹。
もちろん観ました。会場はたくさんの人でおおにぎわいでした。

そして駅を出ると、こんなオブジェが!
2.jpg
仙台出身の
羽生さんと荒川さんのイラストと手形(左端)です。
3.jpg
わ、素敵! とついつい近寄ってしまった。

写真展を見終わったと思われる人が(私も)入れ替わり写真をとっていました。

偶然にもスケートの聖地に足を踏み入れてしまったのでした。
なんてラッキーだ。
そしてふらふらと仙台城跡に向かって歩いていたら
五色沼、工事中
4.jpg
よく見れば、ここが「日本フィギュアスケートの発祥地」でした。
解説板によれば・・・
  写真は大正13年 第2高等学校の生徒がスケートをする姿
  (宮沢賢治が『春と修羅』『注文の多い料理店』を出版する翌年だ!)
  明治中期にこの場所で外国人がスケートをはじめ
  明治42年ごろ第2高等学校の生徒がドイツ語教師から
  フィギュアスケートの指導を受けて、
  のちに彼らや後輩たちが全国にスケートの普及に努めたのだとか

ブログの写真ではわかりにくいかもしれませんが、
写っている写真は男子5人が手を組んで楽しそうに踊っている姿なのです。

・・・ということは、男子フィギュア!?
仙台とスケートは、とても深い縁でつながれているんですね。

平昌オリンピックのフィギュアスケート楽しみです。
そしてオリンピックの選手のみなさんをテレビでみていると

どの国の人も、ここにくるまでどれほどの努力をしてきたのだろうと思います。
体力とか技とかはもちろん世界トップクラス、素晴らしいのですが、
感心するのはなんといっても精神力。
続ける力、がんばる力、そしてここ一番で発揮する力を持っている人たちの美しさ。
「すごい」っていう言葉はこんな時に使うんだ、と思います。


そして「私もがんばろう」「この4年間、私はなにをやっていたんだだろう」
といつも思ってしまう。
テレビをほけーとみている私なんてどうしようもないのだけれどね・・・。

だけどそんなことを考えて、ちょっとでも実行して前に進む機会をもらっています。4年ごとに。
やっぱりすごいぞオリンピック。

そうそう・・11月の仙台では、そのあと
坂道登ってのぼって念願の伊達政宗公にもお会いできましたぞ。

5.jpg


コメント(0) 
共通テーマ:blog

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント